2015年03月31日

入り身の目的

普段、合気道の稽古で行われる『入り身』という動作、今回はその目的について考えてみました。

先ずは、初心者の方と稽古するときの為にも、基本の復習から。合気道に限らず、武道・格闘技・各種スポーツでは、フットワークと呼ばれる動作があります。所謂、足運び(運足)です。『入り身』はこれらの運足により行われます。

合気道の足運びには、送り足継ぎ足歩み足とがあります。
【送り足】:半身の向きを変えずかつ、前後の間隔を閉じることなく足を
       運ぶ方法。
【継ぎ足】:半身の向きを変えずかつ、前足に後ろ足をくっ付けて、継ぎ
       足すように足を運ぶ方法。
【歩み足】:半身の向きを交互に変えながら、歩くように足を運ぶ方法。

運足(送り足・継ぎ足・歩み足)

入り身』とはそもそも何か?
相手(受け)の攻撃線を外して、運足を行う動作・・・このように記しても日本語としては通じるでしょうが、漠然としていてよくわからないかも知れません。

入り身の動きは直線的ではありますが、厳密に言うと直線ではありません。入り身するときは、上図の運足のように真っ直ぐに進む訳ではありません。相手(受け)の攻撃線を外すためには、極緩やかな円弧(直線に近い半径の大きい円弧)を描くようにして、足を運びます。

相手(受け)の直線的な攻撃(突きや正面打ち)に対して、大きく膨らむような(円弧の半径が小さくなるような)入り身を行うと、相手(受け)も追いかけて打って来るので注意が必要です。※入り身が見切られる。

では、『入り身』の目的は? 攻撃線を外してからその後、どうするか?
@相手(受け)の死角に入って攻撃から身を護る。
A相手(受け)の体制を崩す。

受けの体制を崩す方向は色々あります。
※下記具体例は、入り身だけでなく、転回や転換の体捌きに関しても挙げています。
(1)相手(受け)の中心軸に向かって入り身して崩す
 ・・・一教系(表技)、立ち技呼吸法、天地投げ など
(2)相手(受け)から離れる方向に向かって入り身して崩す
 ・側方・・・肩取り二教(裏)における最初の崩し
 ・後方・・・両手取りの後方への呼吸投げ、
       両手取りで転回しながら投げる技(多人数掛けでよく使う技)
       片手取りで肘を極め、転回しながら投げる呼吸投げ など
(3)後ろ隅に崩す
 ・・・隅落とし、一教系(裏技)、入り身投げの転換時 など
(4)前隅に崩す
 ・・・肘を返して前隅に導く変形一教、三教(表)の最終的崩し など 

では、相手(受け)を崩した結果、どうなる?
相手が仰向け若しくは俯せ状態に成る。・・・所謂これが『投げられた』、若しくは『抑え込まれた』という状況に相当する。

普段、合気道を稽古している時は、いきなり結果を求めていないだろうか?即ち、「投げよう投げよう」と先走り、途中過程を疎かにしていないか?そういう意味でも、改めて基本に立ち返って考えてみました。

今回の話は、合気道を稽古している人にとっては、非常につまらない?極々当たり前な話です。しかし、イザ説明を求められた場合、初心者の方にも、『簡潔に分かりやすく説明できるだろうか?』ということを自問自答しながらまとめてみました。


読んでいただき、ありがとうございます。

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2015年03月17日

当ブログへのアクセス傾向

当ブログの、どのカテゴリ・記事にアクセスが多いか。

ブログのアクセス解析をしてみると、『』のカテゴリが最も
アクセスが多いことが分かりました。

やはり、合気道技に関する記事に最も関心が集まるということ
でしょうか。

それ以外のカテゴリの記事では、
合気道は実戦で使えないのか?なぜ試合を行わない?』の
ブログ記事がダントツでアクセスされていました。

このブログ記事は、ほぼ毎日必ず1回はアクセスされています。
google検索で「合気道実戦」のキーワードでアクセスすると
上位(検索結果の1ページ)に表示されているからかも知れません。

やはり、『格闘技から派生した武道であるのに競技をしない・
試合を行わない』という一見矛盾したような?不思議な?武道
という究極的なテーマを合気道が持ち合わせているのからかも
知れません。

格闘技』から、平和や争わない『和合』に、180度転換したような
ところからも、合気道に関する究極のテーマだと感じております。


ただ、ご注意願いたいことがひとつ。当ブログは合気道の単なる
一稽古人が記しているブログのため、参考程度に拝見してもらえたら
と思っています。特に『』に関するカテゴリについては。

普段の合気道の稽古で感じたこと、教えて頂いたポイントなどを
忘れないようにメモ代わりに記載しています。

何分、個人的な見解が多く含まれることをご了承ください。

合気道には、様々な流派が存在します。同じ名前の合気道技でも
別の流派では、当然、異なってくることでしょう。また、同じ合気会
でも、会派や道場毎に違った技法があるかと思います。

稽古時は各道場の先生の指示に従ってください。


私はもちろんプロではありません。合気道に関しては、素人です。

では念のため、合気道のプロとは・・・合気道本部道場の師範、または
自身で独立して道場を開いている師範や先生方です。合気道を教える
ことが職業です。

市の体育館や何らかの会館等の施設を借りて、稽古しているといった
街道場的な道場の先生は、あくまでもアマチュアです。

合気道を職業としていないからです。仕事は別に持っています。合気道
を教えるのが仕事ではありません。合気道はあくまで、趣味や特技の
範囲で嗜んでいるということになります。

私はさらに、そのアマチュアの先生方に、ご教授頂いている一稽古生
に過ぎません。アマチュア団体(〇〇合気道会)の先生でも、六段以上
は合気会の場合、『師範』という位置づけになってはいますけどね。
※早速の誤解、申し訳ございません。上記は、『六段以上は師範に成れる段位です
に訂正します。六段以上の段位に昇段しただけでは、未だ師範ではありません。
合気会本部道場より認定証が授与されて、はじめて「師範」と呼称できるようです。
稽古、指導共に熟達した六段以上の人から、本部道場が審議し認定するとの事です。
訂正情報ありがとうございました。 m(^^;)m 2015/03/28 訂正
何分、誤解を与えるような記述が、もしかするとあるかも知れません。
ブログ中にそういった内容があった場合は、優しくご指摘くだされば
幸いです。


読んでいただき、ありがとうございます。

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2015年03月09日

相手の不幸を願う気持ち(幸福願おうよ)

カッコ内を除くと、いきなりネガティブなタイトルですが。がく〜(落胆した顔)
今回も、また少し合気道の話題から離れます。

今回の記事は否定的な(ネガティブな)内容も含まれるため、
その点については予めご承知おきください。


@表題に関して---------------------------------------------------
最初はカッコの表現が無かったため、すごく陰湿な感じでした。ふらふら
思い直して、後からカッコの表現を追加しました。わーい(嬉しい顔)

相手の不幸を願う気持ち』・・・と言ってもニュアンス的にも程度
としても、様々と思います。まず、怒りからくる恨みや憎しみの
感情、相手のことを低く見下す侮辱の感情まで。それに嫉妬も。

侮辱的な感情だけならば、恨みや憎しみよりも程度は軽いかと
思われます。恨みや憎しみの最たるものは、相手を殺すこと。
相手の存在を完全否定する行為でしょうか。

無視して済む問題ならば、その対象者(憎い相手または憎んできた
相手)と関わりを持たなければ良いだけです。


A恨みや憎しみの様々なケース-------------------------------------------
ところが、実際にはそうもいかないことが多いですよね。
対象者が同じ職場であったり、家庭内での不和であったり。
原因も様々。誤解、報復、価値観の不一致、クレーム、損害事故等。

関連するブログ記事:人はどうして怒るのか

巷で良く聞かれる『イジメはイジメられるほうにも落ち度がある』という
意見。ハッキリ言って間違っていると思います。原因が何であれ、
イジメるほうが悪い。イジメられるほうにも落ち度があるというならば、
殴ったり、暴言吐くことを正当化していることになる。

虐待でもイジメにしても、被害者側に何かしらの原因はあるかも
知れないが、それでイジメや虐待を受ける筋合いはないでしょう。
しかし『イジメられないようにするにはどうしたら良いか』とか、
何らかの対策を打とうとする姿勢はあるに越したことはないです。

幼い子供の虐待に関しては、子供からして見れば、防ぎようが無い
です。親御さんと何かウマが合わないのかも知れませんが。
言うこと聞かないから?イライラする?そんな事は虐待する理由
にはなりません。

(1)職場や学校
職場とか学校で執拗な嫌がらせ(各種ハラスメント)やイジメ等にあった
場合は、最終的な手段として退職とか転校といった方法もあります。

ただし、これには賛否両論があるかと思います。『置かれた逆境に
対して逃げるような選択をすべきではない
』と言う人もいます。

しかし、その逆境に対し乗り越えられるだけの素質が備わっていれば、
良いですが、性格的に耐えられない人もいる訳で、自殺や他殺を行う
くらいなら、逃げたほうがマシです。逃げることは卑怯ではないし、
最良な選択になる可能性もあり得るかと。逃げるというか、『災難を
避ける・かわす』と考えれば良いかと。合気道の入り身でかわすのと
同じように。

※他殺については、対象者を殺す犯罪が該当する。嫌がらせを受けた
  被害者が加害者を殺す場合だけでなく、その逆もあり得る。
  殺してからでは遅い。殺されてからでは遅い。取り返しがつかない。

(2)家庭内不和
家庭内不和となると、お互いが離れることが難しくなります。夫婦で
あれば離婚すれば良いだけですが、親子関係ともなれば、離れること
が難しい。『親子関係は夫婦関係よりも強い』*と言われる所以です。
*親子関係は生まれながらにして発生する関係で、完全に断ち切ることはできない。
 絶縁したとしても、一生親子関係に変わりは無い。実の親子は自由に選択できない。


親からの子への一方的な虐待は外部からのチェックが難しく、下手に
介入すればプライベート侵害に抵触し兼ねないとか、対策することが
難しい問題です。夫婦間ではDVとか色々。

(3)テロ
いきなりですが、国家レベルのテロ事件となれば、無視して済む話では
ありません。人命が関わってきます。

前回ブログ記事のイ〇〇〇国では有りませんが、
最初から『話し合う余地は無し!!!』と強固な姿勢を取られると
もうどうしようもないです。ちっ(怒った顔) もうやだ〜(悲しい顔)

人質を捕られ殺され、殺戮を止めない集団に対して、それを止めさせる
方法が何かあるでしょうか?異を唱える者に対しては容赦なく徹底的に
攻撃してくる集団です。

彼らの命を奪わず、傷付けずに制圧する方法があるでしょうか?
テロに対しても、合気道のような考え方で制圧できる方法があれば
知りたいところです。

ハッキリ言って、今のところは空爆するしか方法がないでしょう。
ただ、一般人を巻き込まないようにしてほしいですけどね。
彼らテロリスト達は目的達成のためには、手段を択ばないから、
一般人を空爆の盾にしているかも知れません。

養神館合気道創始者である塩田剛三先生の名言『対すれば相和す』。相手の攻撃を自分の力に変えて相手と和合する!?

もうひとつの名言、
合気道で一番強い技、それは殺しに来た相手と友達になることさ』。
合気道を極めれば、テロリストと最終的にはお友達になれる?
う〜ん、99.99999・・・%不可能だ。ふらふら
その前に合気道を極めることが難しいです。(>_<;)


B侮辱する人の感情------------------------------------------------
侮辱する人の気持ちも、根源には『相手を蹴落としたい』、
相手が不幸になってほしい』という気持ちが働いているから
だと思います。

あるいは、自分が相手より上に立ち、優越感に浸りたいという感情も
あるからではないでしょうか。

士農工商のような身分制度、奴隷制度・・・日本にも世界にも人間が
歩んできた歴史には必ず上下を作り、下の者を見下し、虐げてきた
過去があります。

現代でも、見下すことを当たり前に行っている人は多いと思います。
コイツは俺より下だ』と見做すと徹底的にイジメたり、差別したり、
暴言吐いたり(言葉での暴力)、陰口叩いたり、程度の差こそあれ、
根本的な心情は同じものでしょう。


C単なる自己中心主義(利己主義)--------------------------------
相手の不幸を積極的に願わなくても、結果的に不幸に導く場合も
あります。『自分さえよければそれで良し』という利己的な感情です。
結果、『相手が幸せになろうと、不幸になろうとそんなことは知った
ことではない』と言うニュアンスです。


D因果応報---------------------------------------------------------
人を呪わば穴二つ』という諺があります。他人を呪って殺そうとすれば、自分もその報いで殺されることになり、墓穴が二つ必要になる。
人を蹴落とそうとすると必ず自分にも不幸が降りかかるという意味です。
報いとして災難が降りかかってくるということ。

丑三つ時の藁人形で呪う場合、呪い返しという行為があることも、結局
相手の不幸を願うとそれが跳ね返ってくる可能性があるということです。

相手を幸福に導けば、自分にもそれが跳ね返ってくる。逆に相手を
不幸に陥れると自分も不幸になる。これは、仏教で言うところの
因果応報』です。

関連するブログ記事:無の境地とは その3 - 因果応報

自然災害で、罪のない人までもが被害を受けるのは、それも何かしら
の報いなのか?自然災害だけでなく人災に関しても。被害者感情を
逆撫でする気持ちは毛頭無いが、因果応報の適用範囲を、今世だけ
でなく前世やさらに前々世まで拡げると、辻褄が合うのか・・・考えると
切りが無い。だいたい、輪廻転生が存在するかも分からないのだから。

また、霊が存在するか否かも分かりませんが、存在すると仮定して、
悪霊が恨みつらみを生きている人間にぶつけた場合、恨みを持って
いる間は浮かばれず(救われない)、たとえ恨みを晴らしても同じ。
生きている人間同様、恨んで悪さすると、因果応報が適用されるから。
俗に言う『成仏できない』とはこのこと。

家系ぐるみで酷い虐待・虐殺された怨念霊、『子孫7代まで祟ってやる
といわれます。『何で先祖が犯した罪を子孫が償わなければならない
のか』という疑問に対して、『怨念霊は、直接の加害者が既に霊界へ
逝ってしまって、どこにいるか分からないため』という解説を見たことが
あります。霊界には沢山の階層があり、怨念霊のいる霊界と加害者の
いる霊界が別の階層である可能性もあって、現世に生きている子孫
ならば、すぐに見つかるとのことで、代わりに子孫を呪うのだそうです。
※霊界の階層 : 仏教の天国・地獄のようなもの。因果応報によって逝き先が決まる。

生きていても、死んでからも、怨念を抱いているうちは、救われません。
※怨念を抱いている状況こそ、想念が地獄界の状態を現している。


E結び----------------------------------------------------------
何を言いたいかと言えば、『相手が不幸になってほしい』という
根本的な負の感情は、多かれ少なかれ誰でも持ち得る感情と
思われます。結局、自分が一番可愛いからです。

不幸を願う気持ちの、真逆が『思いやり』です。
子を思う親の愛情とか、自分を犠牲にしてでも守ろうとする無償の愛。
見返りを求めない愛情・・・があることも事実。

人間には、『』と『』が存在するということでしょうか。
何だか話が前回ブログ記事『人命の重み4(荒廃する中東情勢)』の中の『ゾロアスター教』みたいになってきた。わーい(嬉しい顔)


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