2014年03月04日

芦原空手

前回ブログ記事で紹介した芦原空手についてです。

フルコンタクト空手発祥流派、極真空手の大山倍達(おおやまますたつ)
師範の弟子である芦原英幸氏が極真会から分派・創立した芦原会館
の空手です。相手の攻撃を受け流し、側面や背後から反撃を行う
サバキ』(捌き)が取り入れられています。

※フルコンタクト空手:寸止め無しのスタイルの空手。直接打撃制
  ルールを採用した組手試合や稽古方法を行います。
  空手の達人、大山倍達(おおやまますたつ)師範が創立した極真会が
  元祖です。元々の空手(沖縄伝統空手 : 剛柔流など)は、危険防止を
  考え、試合でも寸止めを当たり前としていました。

芦原空手は、技法も理念も少林寺拳法から大きく影響を受けている
と言われています。少林寺拳法の「怪我をさせない稽古」、「地域社会
に根差した道場の普及」という考え方に大きく感銘させられたそうです。

体力ある若者だけが続ける空手ではダメだ』と考えるようになり、
後に組手試合を否定し、「捌き」を発展させた背景となったそうです。
団体名は新国際空手道連盟です。分派当時は極真空手と険悪な関係
であったようですが、現在は相互に尊重し認め合っているそうです。

【Youtube動画】
・Ashihara Karate Sabaki intro
http://www.youtube.com/watch?v=5nZQcWG4Guo
▲時間目盛2:12頃からサバキの解説が始まります。

・ashihara1
http://www.youtube.com/watch?v=GkPbQJLw-hM
▲時間目盛1:03頃から袴を着けて戦っている演武シーンがあります。

芦原空手のサバキ:2のステップ
▲芦原空手のサバキ(2のステップ)
アウトステップで相手の右側面へ入り身します。
※1のステップはアウトステップで相手の左側面へ入り身します。
※ステップと呼ばれるサバキは1〜4まであるそうです。

芦原空手のサバキ:4のステップ
▲芦原空手のサバキ(4のステップ)
左足を軸足にして、右効き足を円弧を描いてずらし(転換して)、
相手の左側面へ入り身します。
※3のステップは左効き足で相手の右側面へ入り身します。

sabaki3.jpg
▲芦原空手:引っ掛けからステップの投げへ入るところ
捌きにより相手を崩し投げます。足を引っ掛けますが、柔道の
ように刈るのではなく足を置くことによって、引っ掛けるようです。
これとは別に、刈り倒す技法もあるそうです。回し蹴りなどの軸足
を狙って倒す場合も多いそうです。


▲芦原空手の巻き込み投げ
捌きで転換しながら、相手が下方へ崩れたところを前方へ転がします。
合気道の『回転投げ』に似ています。

空手を指導しながら警察からは、「警察逮捕術」を学んだところからも、
間接的に合気道の体捌きと共通するところがあるように思います。
なぜならば、「警察逮捕術」は昭道館合気道(富木流合気道)から
編成されたものだからです。また逆に、芦原空手は、警務科部隊で
訓練されている自衛隊逮捕術に影響を与えたそうです。
※一般部隊で訓練されている自衛隊徒手格闘術には影響を与えて
  いないそうです。

※自衛隊徒手格闘術は、日本拳法の技法が採用されています。
※自衛隊逮捕術:自衛隊の警務官・警務官補が特別司法警察職員
  として職務を果たすにあたり、研究された逮捕術。自衛隊徒手格闘術
  との違いは、相手を傷つけずに制することを理想としており、合気道
  に近い考え方を持っています。

武道流派の影響をまとめると、以下になります。

少林寺拳法→----------------------------┐
極真空手(極真会館)→------ 芦原空手(芦原会館)→ 自衛隊逮捕術
富木流合気道 → 警察逮捕術→-----┘

日本拳法 → 自衛隊徒手格闘術

芦原空手は、ベースが極真会空手でも、少林寺拳法や富木流合気道の
影響を少なからず受けているということです。


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紹介:札幌で合気道するときは・・・札幌合気道会について
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2013年05月14日

格闘技から愛の武道へ

1.『合気道は当身七分投げ三分』の深い意味

  以前のブログ記事『合気道は当身七分投げ三分』では、合気道は
元々、当身が主体(当身が全体の七割)の武道であると説明しました。

  しかし後日、この記事を読んだ合気道道場の関係者から突っ込みが
入りました。がく〜(落胆した顔) 「『合気道は当身七分投げ三分』の真の意味は、使う技
の割合について言っているのではない」と話されていました。

  『実戦では、投げ技に入る前に、大方は(七割は)当身で勝負が
ついてしまう』ということを意味しているということです。

  しかし、合気道は格闘技ではありません。『実戦で使う』、『勝負する
という時点で、合気道では、なくなってしまいます。合気道の思想や
精神性から外れてしまいます。

  合気道も元々は格闘技(柔術)から生まれました。開祖が合気道を
起こす前までは、格闘技としての武術(大東流合気柔術)でした。しかし
それ以降、開祖が編纂した『合気道』は、『愛の武道』として、実戦を
否定するものに変化しました。すなわち、『当て身七分投げ三分』は、
当身で大方勝負がつく格闘技の時代のことを言っている』訳です。

  そう考えると、現在の合気道としては『護身術としての考え方にも
影響してくる』のかなと、ふと感じました。相手の攻撃に対して、撃退する
のではなく、『相手を傷つけず制する』、『相手を痛めない』といった
考え方に繋がってきます。


2.格闘技ではない武道『合気道』

  そもそも、戦いをしないのだから、戦いをする時点で負けなのだから、
攻撃されないような環境に居ることが重要になってきます。物騒な世の
中ですから、100パーセントは無理かも知れません。しかし、危険な
場所(犯罪に巻き込まれそうな場所や環境)へ行かない、事件に巻き
込まれないようにする といった姿勢・心構えが優先されます。

  それから、護身術として自身を護るつもりが、過剰防衛で逆に犯罪者
になってしまう可能性もあります。難しいところです。

  また護身術は、対人よりも『危険な事故から身を守る』ということの
ほうが優先されると思います。例えば、階段から転げ落ちそうになった
場合、合気道の稽古で習得した受け身が取れれば、安全性が大幅に
向上します。日常的には、事故から身を守る意味での護身術のほうが
重要ではないでしょうか?そのように考えています。

  合気道開祖植芝盛平翁は、『真の武は愛なり』と述べています。
宇宙と調和できない人間の武は、破壊の武であって、真の武産
(武を生み出すこと)ではない 』とも述べています。

  全てを愛し、敵とせず、争わない心を持つことが、宇宙と調和する
ことを意味するのだそうです。即ち、万有愛護が神人合一に繋がり
宇宙と調和することになるようです。開祖が入信した宗教『大本』の
思想が色濃く反映されています。

合気道開祖が、当身による破壊を否定していることも頷けます。


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2013年04月26日

合気道の流派(まとめ)

今回は合気道の流派についてまとめておきます。
関連ブログ記事:合気道の流派(その1) / 合気道の流派(その2)
合気道の流派には、主に以下があります。人名の敬称は省略します。

(1)合気道(合気会)
合気道開祖『植芝盛平』翁直系の子孫が引き継いできた合気道です。
第二代:『植芝吉祥丸』道主  第三代:『植芝守央』道主

(2)養神館合気道
団体名:養神会、養神館合気道龍、合気道錬身会、合気道親和館
高弟『塩田剛三』が開いた合気道。団体名を『養神会』として創設。
以下養神会から独立した団体です。
・養神館合気道龍:養神館合気道の高弟『安藤敏夫』師範が開設。
・合気道錬身会:養神館合気道の高弟『千田務』師範が開設。
・合気道親和館:養神館合気道の高弟『井上強一』師範が開設。

(3)岩間流合気道
全国各地に会派道場が存在し、統一された代表団体はありません。
開祖植芝盛平翁の高弟『斉藤守弘』師範が引き継いできた、開祖晩年
の合気道です。

(4)心身統一合氣道
創設者は、合気道開祖『植芝盛平』翁の高弟『藤平光一』師範です。
団体名は、『心身統一合氣道会』です。

(5)天通合氣道
心身統一合氣道『藤平光一』の高弟『小磯』師範が創設した流派です。
自然体でリラックすること、かつ強い姿勢を身に着けることを学びます。
天自圧』という指圧によく似た手当て法も伝えられています。

(6)天道流合気道
創設者は、合気道開祖『植芝盛平』最後の内弟子『清水健二』師範。
団体名は、『天道流合気道天道館』です。

(7)万生館合氣道
創設者は、合気道開祖『植芝盛平』翁の高弟『砂泊諴秀』師範です。
団体名は、流派名と同じ。

(8)親和体道(新英体道)
創始者は、『井上鑑昭』(井上方軒)です。宗教団体の『大本』で伝承
されてきた武道です。『新英体道』と名称を変えました。合気道開祖
植芝盛平』の『合気武道』を継承した武道です。「平法学」、「親和学
とも称ばれます。


  ここからは、純粋な『合気道』とは少し離れ、他武道との融合から
生まれた武道や独自の創意工夫によって変化してきた流儀です。


(9)合気道SA
養神館合気道から分派し、試合や乱捕りを取り入れた流派です。
SAは、『シュート・アイキドウ』の略です。
塩田剛三の高弟『櫻井文夫』師範が創始者です。
団体名は、『国際実践合気道連盟』です。

(10)合気道覇天会
合気道にフルコンタクト空手の技術を取り入れた試合のある流派。
合気道SAから分派した流派です。創始者は、『藤嵜敬太』です。
団体名は、流派名と同じ。

(11)不二流体術
開祖は、『古賀不二人』です。新英体道から分派した流派です。
現在、福岡市に本部道場があります。投げ・固め・絞め技の他、
突き・蹴り等の当身技、棒術・短刀術・対武器術もあります。
当身技は、日本古来の武術から来るものを採用し、現代の総合格闘技
とは異なるものとしております。団体名は『NPO法人不二流体術』。

(12)昭道館合気道
創設者は、合気道開祖『植芝盛平』翁の高弟『富木謙二』師範です。
団体名は、『日本合気道協会』。
乱捕り・組手・試合を取り入れた流派です。柔道の師範でもあった、
富木謙二師範が、柔道の乱捕りを合気道に取り入れました。

(13)養正館武道
創始者は、植芝盛平の内弟子『望月稔』。望月稔は、柔道家、空手家
でもあり、柔道、空手、合気道の各要素を融合した武道を作りました。
団体名は、『養正館』。晩年の望月はフランスに滞在しておりました
が、二代目(ご長男)がフランスへ本部を移しました。しかし、フランス
のスタイルへの変化を良しとしない門弟達が、日本で、『武道正風会
を独立させました。

(14)合気拳道
養神館合気道と松濤館空手道を習った『須藤百治』(すどうももじ)が
創始しました。団体名は、『宇宙禪拳法』です。日本合気拳道協会から
改名。空手と合気道と柔術の要素を融合した総合武道です。

(15)合氣拳法
合気拳道、養神館合気道、糸東流空手道、剛柔流空手道を習った
橋田圭一郎』が創始した武道です。団体名は『全日本合氣拳法連盟
です。空手・合気道の要素を含んだ総合武道です。試合・乱捕り・組手を
行います。※糸東流空手道は、開祖『摩文仁賢和』、剛柔流空手道は、
開祖『宮城長順』です。

(16)合気サンボ
中澤流合気柔術とも言われています。創始者は『中澤健二』です。
養神館合気道とロシア武術『サンボ』を融合した武道です。合気道と
同様、試合をせず、型稽古のみです。


合気道の流派・分派の系譜▼(クリックすると新しく開き拡大できます。)
合気道の流派

  上図では、沖縄空手道各流派やサンボの名称が、合気道の主流派
より下方へ表示されていますが、必ずしも時系列順になっているわけ
では、ありません(空手各流派の方が養神館合気道などよりも歴史は
古いです)。所定のスペース内に書き記す必要があった為、位置関係は
上下しています。


読んでいただき、ありがとうございます。

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